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道端の鳩

突然の鳩のフン

頭の良さとはなんぞや

 まず初めに、とてもおごったことを言わせてもらうと僕はどちらかと言えば「頭が良い」と言われる人間の部類に入る。お受験勉強を指標にするならば偏差値60~70くらいのところを漂っていたし、その他の面での問題解決能力等々含めてそこそこ頭が回るほうだろうという自覚がある。ただこの記事は別に僕の頭の良さを自慢するためのものではない。最近自分は頭の良い人間と関わることが多く、そこから「頭の良さ」は3種類に分けられるように感じたのでまずその種類について述べていく。

 

・効率型

 いかに楽をするかを重視し、人並み以下の苦労で人並みそこそこの結果を出すタイプ。ずばり自分のことである。学校の勉強で言うとあまり勉強しなくてもそこそこか平均以上の点が取れる、基本的な計算は書くのがめんどくさいから暗算で済ませてしまう。

 

・努力型

 多分彼らは楽をするなんてことは考えてない。人並みかそれ以上の苦労で常に人より優れた結果を出すタイプ。常に予習復習は欠かさず常に学年あるいは全国トップレベルの成績をコンスタントに出せる、頭脳のトップアスリートとでも言うべき人間。

 

・天才

 言うまでもあるまい、「人並み」とかそんな尺度で測ること自体がおこがましいような人たち。まあさすがにこの手の人間はほとんど見たことないけれど。

 

 ところで、ここまで「頭の良さ」を漠然と語ってきたが果たして「頭の良さ」とは一体なんであろうか。一般的には「複雑な事象を正しく理解、解釈し、正しく演繹、演算する能力」のことを指すように思う。しかしながら、僕はこの定義では足りないと考える。なぜならこの定義は上記の3タイプを切り分けることができないからだ。では何が足りないのかというと、「複雑な事象を正しく理解、解釈」するための時間的、精神的コストの概念である。ここである事象を理解する時にかかるコストをcost/understandingとしてc/uと表すことにしよう。

 まず指標として分かりやすいように天才型のc/uを考えてみると、複雑な事象でも難なく理解してのけることからおそらくc/uは限りなく0に近いと言えるだろう。逆に、一般的な人間というのは事象を理解するのにもっと時間が必要であったり、頭をひねらなければいけない。すなわちコストを払わなければいけないから、c/uは大きくなっていく。ということは、このc/uが小さい人間ほど理解が早い

 では効率型と努力型ではどちらのほうがc/uが小さいのだろうか。単に理解の早さで語るのならば早さに関してはどちらも同じように思える。しかし先ほど僕がコストの概念を挙げた時に「時間的、精神的」と言ったのを思い出してほしい。このコストは基本的には(時間的コスト)*(精神的コスト)の乗算値だと考えられる。でだ、効率型と努力型の違いはおそらくこの「精神的コスト」に表れる。効率型はそもそも楽をしたいというのが根底にあるため、理解に時間をかけたくない。すなわち時間がかかると精神的コストが右肩上がりに増えていく。しかし努力型は時間がかかっても精神的コストは一定である(あるいは大して増えない)。したがって、理解すべき事象が複雑であればあるほど効率型は精神的コストが上がるため、c/uは努力型のほうが小さいと言える。

 演算能力については触れていないので、c/uで頭の良さのすべてを測ることはできないが、ひとつ分かりやすい指標になるのではないかと思う。

 つまり効率型の自分はc/uが大きいから努力型には勝てそうにないなあという所感をいかに説明するかという記事だったわけである。

 

え、甘え?あっはい。

 

 

蛇足

ここでは「コスト」という言葉で説明したけれど、よく考えたらここで当てはまるのは費用より負担と言ったほうが正しいと思うのだけれど、略す時に英語でburdenとか書いても分かりにくいなあと思ってコストで説明しましたのでもし言葉に違和感を感じたらそういうことかもしれないです。