道端の鳩

突然の鳩のフン

「推」の字の気づき

 なんとなく、今まで「推」という字には未然的、未来的意味合いがあると思っていた。例えば「推理」、「推測」などだ。これらの熟語は、現在入手可能な情報から未来の状態を問う時に用いられることがあるのは日本語を話していれば頷けるだろう。

 ところが、まったく未然的意味を持たない熟語もある。例えば「推進」。何かを前進させるという意味。例えば「推移」。うつりかわる様子。 前の2つと後の2つの共通的な意味を括り出すと「沿って進む」が得られる。どういうことかと言えば、「推理」は証拠に沿って進み、「推測」は測定結果に沿って進み測られることであって、よくよく考えれば未然的意味のみに適用される言葉ではなく、例えば現在から過去の推理 or 推測、あるいはAからBの推理 or 推測も可能なのである。つまり、実のところ時間軸に囚われる必要はまったくないということだ。

 このような疑問を持つことが疑問に思われるかもしれないが、疑問に思ったきっかけは「推論規則MP」、という論理学の用語からだった。

Aである、A→Bである、よってBが推論される。

というのが推論規則MPの主張であって、初め、未然的な意味に引きずられた僕はBが定かであるものなのか混乱した。もちろん、推論規則MPではBは定かである。AからBへ、「A→B」に沿って進んでいるから「」論なのだとこうして僕は納得したのだった。

 こんなことを考えて書きつづっていたら、世間はクリスマスイブからクリスマスへ推移したらしい。