道端の鳩

突然の鳩のフン

『水素水』の訪問営業を受けてみたのでそのセールストークを紹介する

 相手にするのは全く本意ではなかったのだけど、興味本位で母が電話を受けて呼んでしまったので一緒に話を聞くことになった。

 皆さんは『水素水』なるものはご存知だろうか。なんかCMで聞いたことあったり、広告で見たことがあったりという人はそれなりにいるのではないかと思う。僕もその程度の認識だった。まあ言葉を分解すれば「水素」+「水」なので、水素分子を溶かした水なのだろうというところだ。もちろんまともな科学の教養を持っている人間の感覚からすれば「そもそも溶けるのか?」というところに疑問を持つが、一応溶けるようだ。Wikipediaによれば、溶解度は0.021 mL/mL水(0 ℃)とのことだ(気体の溶解度なので1気圧下だろう)。

水素 - Wikipedia

 

 物性はそこそこにして、その営業手法がどのようなものだったか、僕が聞いてなるほどなーと思った部分を書き出してみよう。

  • 2人組
  • 質問する隙を与えさせないマシンガントーク
  • どうでもいいことを聞いて答えさせる
  • 「なぜ」に答えない
  • 「良いもの」「悪いもの」「プラス」「マイナス」といったふわふわとした言葉を使う
  • 簡単な実験を見せる
  • テレビの紹介と有名人の使用例をいくつも見せる
  • 研究している医者の記事も見せる
  • 記事の古さに自信ネキ

 

2人組

 マシンガントークをする営業マン(アラフィフ女性)と、研修の名目で付いてきた40代程度の男性という2人組で来た。実際男性の方はほぼ全く喋らずメモを取っているだけだったので、本来は1人でも営業するのかもしれない。ただ、相手が二人いるというのはそれだけで威圧感というか、何かあってもフォローが効きやすい態勢だなという印象だったのでまず印象的だった。

 

質問する隙を与えさせないマシンガントーク

 とにかく喋る。疑問の余地を挟ませない。疑問が出そうものなら次の話題に移る。こういう姿勢だったと思う。営業マン(アラフィフ女性)はクリアファイルにぎっしりと資料を詰めてきて、それぞれをふわふわとした言葉で熱く説明してはすぐに次の資料に行く、といった具合だ。

 

どうでもいいことを聞いて答えさせる

営業マン(アラフィフ女性)「水道水が汚い都道府県ってどこだと思います?」

母「大阪とかですか」

営(50女)「逆に綺麗なところってどこだと思います?」

僕「北海道とかですか」

 このように、根拠も聞く理由も割とどうでもいいことは積極的に聞いてくるのだ。まあこの後に続いて水の綺麗さと寿命は切っても切れなくて~等と話は続くのだが、主導権を握りつつ応答させることでコミュニケーションが成り立っている、と見せる手法はうまいと思った。いや成り立っているとは思っていないけど、マシンガントークに不満がたまらないようガス抜きをする役割があると感じた。

 

「なぜ」に答えない

営(50女)「水素水は水と油を乳化させることもできるんです!」

僕「どうして乳化できるんですか?」

営(50女)「それはですね、水素水は身体に云々という効能を持っていて~(中略)お化粧落としにもいいんです!」

僕「あの、乳化できる理由を聞いているんですが」

営(50女)「…技術職じゃないのでちょっと分かりません」

 質問をマシンガントークの隙間に突っ込んでみたところこんな感じだった。そうかそうか、お前は自分が売っている商品の性質の根拠すら答えられんのかという感想だ。ちなみに乳化できる理由は後に書く簡単な実験ディスプレイで、この『水素水』がアルカリ性であることが理由だと後で調べて分かった。つまり水素の添加如何ではなくpHに起因する性質ということだ。(リンク:アルカリイオンの水通信Vol.7 生活に欠かせない、「乳化」の持つすごいチカラとは|お知らせ・ニュース|キリン アルカリイオンの水|キリン

 

 他にも、販売する水素水発生器にイオン交換膜が使われているということで、その解説図を指して

僕「あなたは先程からこの水素水はマイナスだマイナスだと言っていますが、この図では(水素水を作る側の陰極に)陽イオンが集まっているようにしか見えませんよ」

(ちなみにこれは意地悪な質問である、この装置は陽イオンを選択透過してpHを上げるものであるため)

営(50女)「…図が間違っているんですかね、でもマイナスなんですよ」

僕「(答えになってねー)そうですか」

まあ自分が売っているものを理解していないのは明らかだ。それ故にできるだけ質問させないトークをしているのだろう。

 

「良いもの」「悪いもの」「プラス」「マイナス」といったふわふわとした言葉を使う

 何を売っているのか理解していないのだから当然かもしれないが、「自然界にはプラスのものとマイナスのものがある」「この水素水はマイナスのものだからプラスのものを引き寄せる」「プラス、つまり良いものがこれによって食べ物の中から多く取り出される」こういう文句をつらつらと並べ立てるのである。よくもまあロクな筋道が立っていない話を2時間弱も続けられるもんだと感心した。そんなに聞いてあげた自分にも感心した。

 

簡単な実験を見せる

 面白いことに、浄水器の水と持参した『水素水』の比較実験を見せてくれた。

 まずは味だ。比較して飲むと『水素水』のほうがまろやかだろうと言う。確かにそのように感じた。

 次にお茶っ葉の出方。『水素水』を用いたほうが明らかに色の出方が早い。もっとも、味の時にも思ったが、室温の『水素水』と冬の冷たい浄水器水を比べるところから条件が一致していないので正確な比較はできない。また、この結果から「良いもの」が『水素水』にたくさん溶け出してきたのだと言っていた(なんだよ良いものって具体的にさ)。

 pHの比較。pH試験液を用いて比較したところ、浄水器の水はpH約6, 『水素水』は約9程度だった。要するに弱アルカリ性ということだ。

 最後にイソジンの実験。イソジン浄水器の水で希釈すると倍率なりの薄さになるが、『水素水』で希釈するとイソジンの色が消えて透明になる(!)。これは純粋に面白いと思ったが、常識的に考えてアルカリ性によるものだろう。あとで簡単にアルカリ性の溶液を使って追試してみたい。

 

 アラフィフ営業ウーマンはこれらをもって『水素水』の力を裏付けるのである。なるほど世の奥様方にとってはもしかしたら納得してしまうかもしれない。だがちょっと考えればいずれの反応にも水素分子が絡んでいる可能性は低いので、別の理由(pH、硬度等)を探すのが妥当である。

 

テレビの紹介と有名人の使用例をいくつも見せる

 NHKニュースで「水素が身体に良いかもしれないと注目されている」と紹介された動画や、雑誌記事の切り抜きでスザンヌイチローや云々や云々も『水素水』を飲んでいる、体質云々が改善したと言っていると有名人の具体例を色々と見せるのである。まあ、個人の感想ですよねという域を出ないものだがもしかしたらこれで納得する世の奥様方もいるのかもしれない。納得しないで頂きたい。

 

研究している医者の記事も見せる

 医者だか研究者だか、日本医科大学の太田成男という教授の研究で水素を用いたマウスの細胞死や遺伝子発現制御の研究があるようだ。それが紹介された新聞記事(2004年)を資料として見せてくれた。もしかしたらこれで納得する世の奥様方もいるのかもしれない。だが、たかが1グループの研究でしかなく、多くのグループによる追随や検証がないというのは専門外の人間から見て科学的信頼に疑問符を持たざるをえない。

 

記事の古さに自信ネキ

  上の研究紹介記事を2004年だとして紹介したり、他にも1990年の水素に関する記事を見せてドヤ顔(?)をしていたりした。もしかしたらこれで伝統があるとして納得する世の奥様方もいるのかもしれない。だが、10年以上も前の話とか生物学からしたら古典もいいところである。そしてそんなに前の研究が今も全く正しいなどということは科学、特に生物学では早々ないことだ。科学的な話題の価値を古さや新しさに求めてはいけない。

 

 

 以上が世の奥様方に『水素水』を買ってもらうための話術である。まあぶっちゃけそこらの通信販売と大差ないのだけど、科学的な用語を使いつつ科学的根拠に著しく欠けている『これ』はエセ科学疑似科学に分類されるものである。ちなみに医科大の教授も『これ』には関わっていない模様。科学を権威的に語りたくはないが、権威的に見てもバックボーンがないし、理論的に見ても理論がないというのがこの『水素水』に対する僕の認識である。

 じゃあ結局この水はなんなのって言ったら、おそらく、硬度が高い弱アルカリ性の水、というのが妥当な推論である。炭酸カルシウムでも溶かしたら再現できそうだ。以上、惑わされないように、あるいは惑わすために参考になれば。

 

あ、ちなみに装置の具体的な名称はピュアラジカルというやつだ。これを商材として売っている業者が複数あって、そのうちのひとつがうちに来たようだ。説明を受けた図は検索すると大体出てくるが、例として以下にリンクを残しておく。

連続式電解還元水生成器「ピュアラジカル」−リビングテクノロジー(株)